なぜ「人が住まない家」は急速に腐るのか?空き家が「自らを消化する」恐怖のメカニズム

「実家が空き家になったけれど、頑丈に作った家だから数年は大丈夫だろう」。
そう考えて放置されている家主さんは少なくありません。
しかし、日本の木造住宅は「人が住むこと」を前提とした、いわば生命維持装置のようなシステムで成り立っています。
人の気配が消え、適切な管理が途絶えた瞬間から、家は静かに、しかし驚くべき速さで物理的な崩壊へのカウントダウンを開始します。
今回は、放置された空き家の中で起きている、目に見えない「劣化の連鎖」について解説します。
寿命65年の家が、放置すると数年で危機を迎える理由
よく「日本の木造住宅の寿命は30年」と言われますが、これは取り壊されるまでの平均年数に過ぎません。
税金の計算に使われる「法定耐用年数(22年)」と、建物が実際に持つ「物理的耐用年数」は全くの別物です。
実際、国土交通省が定める「期待耐用年数」の指標や、大学の研究機関による調査では、木造住宅の骨組み(構造躯体)は、適切な手入れさえあれば65年以上、条件が良ければ100年を超える耐久性があることが実証されています。
しかし、これはあくまで建物が「呼吸」できている場合の話です。
人が住んでいれば、無意識のうちに窓を開け、換気扇を回し、空気を流します。しかし、密閉された空き家ではこの循環が停止します。

特に日本の高温多湿な気候において、梅雨から夏にかけての閉め切られた室内は、相対湿度が常時80%を超える「サウナ状態」となります。これが全ての破壊の始まりです。
家を内側から溶かす「蒸し焼き現象」
換気のない室内では、昼夜の温度差によって強烈な「結露」が繰り返されます。
窓ガラスだけでなく、壁の内部でも水分が発生し、逃げ場を失った湿気が断熱材や柱をジメジメと湿らせ続けます。
通常なら蒸発するはずの水分が壁の中に閉じ込められ、構造材を腐らせていく。
専門用語では『壁内結露』などと呼ばれたりしますが、その過酷な環境から、『家の蒸し焼き現象』と言った方が分かりやすいかもしれません。
外見は綺麗なままでも、壁の内側では木材の含水率が上昇し、構造強度が人知れず失われていくのです。
木材腐朽菌とシロアリによる「構造の消化」
本来、乾燥した状態の木材は鉄やコンクリートにも勝るとも劣らない驚異的な強度と耐久性を持っています。
築1300年を超える法隆寺が証明するように、適切な環境下であれば木は1000年以上も生き続けることができる素材です。
しかし、その最強クラスの素材も、ひとたび「水分」を含んでしまうと状況が一変します。

木材の含水率が20〜25%を超えた瞬間、そこは木材腐朽菌(木を腐らせる菌)やシロアリにとって、栄養満点の食べ物が豊富にある居心地のよい住処へと変貌するのです。特に、換気が行われず湿気がこもりやすい「放置空き家」では、以下の2つの脅威が静か、かつ急速に進行します。
褐色腐朽菌(かっしょくふきゅうきん)の破壊工作
日本の住宅で最も多く使われている「スギ」や「ヒノキ」などの針葉樹。これらを好んで標的にするのが、この褐色腐朽菌です。
- 構造だけを溶かす悪魔のメカニズム
木材は主に、体を支える繊維である「セルロース」と、それらを接着する成分「リグニン」で構成されています。褐色腐朽菌は、あろうことか強度の要である繊維(セルロース)だけを選択的に分解・吸収してしまうのです。 - 「焼け焦げた」ような見た目の正体
セルロースが失われ、茶色のリグニンだけが残るため、被害を受けた木材はまるで火に焼かれたように褐色に変色します。さらに乾燥すると収縮し、縦横に深い亀裂が入ってサイコロ状(さいの目状)に割れてしまうのが特徴です。 - 指で崩れる柱
この状態になった柱は、指で突くだけでボロボロと崩れ落ちるほど脆くなり、建物を支える力(圧縮強度)はほぼゼロになります。いわば、家の骨が骨粗鬆症のような状態になってしまうのです。
シロアリによる「24時間不眠不休」のステルス攻撃
恐ろしいことに、腐朽菌とシロアリは「死のタッグ」を組んでいます。腐朽菌によって分解され、柔らかくなった木材は、シロアリにとって噛み砕きやすく、消化吸収が良い「離乳食」のような状態だからです。
- 光を嫌う忍者のような手口
シロアリは皮膚が薄く乾燥に弱いため、風や光が当たる場所には決して出てきません。彼らは柱や土台の「内部だけ」を綺麗にくり抜くように食べ進みます。 - 見た目に騙されるな
外から見ると立派な柱に見えても、ハンマーで叩くと「ポコポコ」と軽い音がし、中は完全に空洞になっている…というのがシロアリにやられた状態です。発見された時には、すでに手遅れであることが多いのです。 - 眠らない重機
シロアリには睡眠という概念がありません。女王アリを中心に、働きアリたちは24時間365日、一睡もせずに木を食べ続け、家を破壊し続けます。このように、水分を含んだ木材を放置することは、目に見えない無数の重機が、壁の中で解体工事を勝手に進めているのと同じことなのです。
まとめ:崩壊は偶然ではない
放置空き家の倒壊は、ある日突然発生する偶発的な事故ではありません。
水分というトリガーが引かれ、菌と害虫によって家が内側からゆっくりと「消化」された、必然ともいえる結果なのです。
次回は、具体的に「築何年の家」が危険なのか? 放置すると「何年で」限界を迎えるのか? そのタイムラインを年代別シミュレーションで解き明かします。


