解体中に住宅が崩落し隣家の車を直撃――事故から学ぶ「解体工事の構造崩壊リスク」とその防止策

2024年5月に発生した東京都足立区の解体工事崩落事故について解説します。
この事故では、幸い人的被害は軽微にとどまりましたが、現場の様子や近隣住民の証言からは、基本的な解体手順が守られていなかった可能性が浮かび上がっています。
この事故は、住宅解体における「構造のバランス」と「重機操作の順序」の重要性を再認識させるものであり、同様の事故を防ぐためには施工現場での理解と体制の強化が不可欠です。
構造崩壊が起きる典型例:間違った順序で解体された現場
木造住宅の解体には順序があります。
「屋根 → 上階 → 柱・壁 → 土台・基礎」
本来はこのように建物の重心を下げながら慎重に解体しかなくてはいけません。
しかし今回の事故では、以下のような誤った解体手順がとられていた可能性があります。
- 支える柱を早い段階で除去した
- 重機で下部を一気に突き崩した
- 建物全体のバランスが崩れ、意図せず倒壊した
現場周辺の住民からも「屋根を壊す前に根元から突いていた」「危なっかしい作業に見えた」といった証言が出ており、こうした順序ミスが構造崩壊の直接的原因になった可能性があります。
なぜこうしたミスが起こるのか
解体工事の失敗には、以下のような背景があることが少なくありません。
1. 現場責任者の知識・経験不足
解体業者の中には、建築構造の理解が乏しいまま重機作業を進める例も見られます。木造住宅でも柱の配置や梁の荷重バランスを理解せずに支柱を抜いてしまうと、全体の崩壊につながります。どこの柱を取ったらどこに荷重がかかるのか、そういったことを慎重に観察しながら取り壊していかなくてはいけません。
2. コスト重視・工期圧縮の無理な工程
短納期や予算優先の現場では、「多少荒くても早く壊す」ことが優先されます。1日延びれば1日分の人件費や重機のレンタル料などがかかるため、薄利で請け負った解体工事は手順よりスピードが重視されがちです。この結果、計画外の崩壊や近隣への被害が発生するリスクが高まります。
3. 重機作業への過信
「重機でまとめて崩せばいい」といった誤解も事故の要因です。重機はあくまで“手段”であり、力任せの操作は構造崩壊や足場の巻き込みを引き起こします。熟練した技量を持つオペレーターは、粉塵を抑える壊し方、後片付けがスムーズにできる壊し方などを常に頭の中で計算しながら操作します。
再発を防ぐために必要な取り組み
このような事故を防ぐには、以下のような実務上の安全対策が不可欠です。
✅ 作業前の解体計画書の作成・共有
建物の構造図や現地調査をもとに、どこから壊し、どこを残すべきかを綿密に計画し、できれば作業員全員に共有します。感覚で壊すことがないようにすることがポイントです。
✅ 「先に壊してはいけない箇所」の明確な識別
支えとなる柱や梁は、建物の自立に不可欠な要素です。現場では「ここを壊せば倒れる」という危険認識を持ち、特定の部位は最後まで残すよう徹底する必要があります。
✅ 重機操作のルール徹底と責任者の指示確認
重機オペレーターとは必ず作業手順を確認し、現場責任者の確認を経て作業を開始させます。現場任せや「慣れ」に頼ることがないよう、指揮系統を明確にします。
✅ 近隣住民への情報共有と苦情対応体制の整備
現場の危険性を理解してもらうためにも、事前の説明や不安への対応力が求められます。「なんか危なっかしい」という声は、現場の安全性を見直す重要なサインにもなります。
解体は「壊す」ではなく「崩さないための制御」
解体工事は単なる破壊作業ではなく、「意図した形で安全に取り除く」ための制御作業です。
どの順番で、どの部材を、どう取り除くか――それを誤れば、今回のような事故は簡単に起こります。
住宅密集地では特に、足場や隣接建物、駐車場、歩行者などへの影響も加味した精密な施工計画が必要です。
今後、同様の事故を起こさないためにも、業界全体で施工技術の共有と教育の徹底、そして現場ごとのリスク評価と事前対策の強化が求められています。